「yuriCargo」で安心・安全なモビリティ社会を実現 組織と社会をアジャイルに変えるデンソーの挑戦

交通事故ゼロを目指し、クルマには安全運転をサポートするためのさまざまな機能が追加されている。しかし、先進技術を使った機能をもってしても、交通事故をゼロにするのは難しい。なぜなら、多くの交通事故はドライバーの不注意により発生しているからだ。運転するときはいつでも高い安全意識をもつ人を増やしたい。そうした問題意識と思いから、デンソーはドライバーの意識を変えるyuriCargoアプリを開発。本記事では情報通信事業部 クラウドサービス部 デジタルイノベーション室 ビジネス開発課 課長の金子由美氏に開発経緯について伺った。

金子 由美
情報通信事業部/クラウドサービス部/デジタルイノベーション室/ビジネス開発課 課長
外資IT企業を経て、2019年9月デンソー入社。2017年4月に発足していたデジタルイノベーション室(以下、DI室)でITサービスのビジネス開発を推進している。

ドライバーの運転をスコアリングし自然に安全運転が可能に

デンソーで開発されている「yuriCargo」について教えてください。

金子:安心・安全に移動できる社会に——そんなビジョンのもとに開発した「スマホで運転をスコアリングする」スマートフォン用のアプリケーションです。スマホに内蔵された加速度センサーやGPS情報から運転を自動的に検出し、運転終了後には、急ブレーキ、急ハンドル、急加速、速度超過、スマホの操作などのデータを元に「運転スコア」を算出します。ユーザー間で月間ランキングを競い合ったり、ミッションクリアに応じてインセンティブ(アプリ内でのメダル獲得)を受けたりするなど、ゲーミフィケーション(ゲーム的要素を応用したサービス開発)を取り入れ、ドライバーの安全運転意識の向上を促進します。

yuriCargoの操作画面
アプリをバックグラウンドで立ち上げておけば、自動で移動を検知し、終了後にスコアが表示される。月ごとにランキングが表示され、メダルを獲得できる

現在サービス開発はどのような段階にありますか?

金子:社内実証を元にした運用面の検討など、お問合せいただいたお客様への提供を目指して準備を進めている段階です。ゆくゆくは、さまざまな企業・地域でこのアプリを活用していただき、安心・安全に移動できるモビリティ社会を実現していきたいです。運転スコア・タイムスタンプ・位置情報などを利用した独自アプリの開発、地域の割引サービスとのコラボなど、幅広く活用していただきたいと考えています。

なぜデンソーがyuriCargoを開発する必要があったのでしょうか。

金子:私たちはクルマづくりに携わる企業として「できるだけ交通事故をゼロに近づけたい」という思いをもっています。安全運転をすればするほど評価される社会をつくるためにみんなが意識して動かなければ、社会を変えることはできません。そうした安全運転の仕組みづくりのために、ドライバーの運転スキル、集中力、そして意識といったものを可視化していくことが必要です。そして最終的に交通事故を抑制するために、このアプリを開発しました。

毎年発表されている「交通安全白書」をご覧になってもわかる通り、残念ながらいまだ1日平均1,000名を超える人々が交通事故で負傷しています。もちろんそれらはクルマが引き起こした事故がほとんどです。

しかし一方で事故の発生要因をみると「漫然運転」「運転操作不適」「安全不確認」「脇見運転」など、いわゆるヒューマンエラーと言われるものが上位を占めます。つまり、交通事故の多くは運転スキルのみならず、ドライバーの集中力や意識によって左右され、かつ、それらはドライバーの健康・心理状態しだいで日によって、あるいは1日の中でも変動しているにもかかわらず、本人だけではなく、周囲にも可視化されていないことが課題と考えました。

自動車業界の“ど真ん中”にいるデンソーがこうしたアプリを開発することには、大きな意義があると思っています。また将来的にコネクティッドカーからデータが集まったときに役立つように、ビジネス開発のプロセス、ケイパビリティ、機能、スキルなどを布石にしたいとも考えています。

マーケットドリブンでユーザーのフィードバックを反映しながら開発

デンソーというとハードウェアの開発のイメージがありますが、どのように本アプリケーションを開発されたのでしょうか?

金子:もともとは社内外のメンバーで実施したアイデアソンで生まれたものでした。2019年9〜12月に他社との協業で開発を始め、年末年始の休暇を含めてPoC(概念実証)を実施。翌20年7月からは社員を対象に導入・運用を開始し、市場および社内ユーザーのフィードバックを得ながらサービスの改善や機能追加を行い開発しています。現在はアジャイルエンジニアを中心にSRE(Site Reliability Engineering)やデータアナリスト、ビジネス開発がひとつのチームとなり開発を進めています。

yuriCargo社内プロジェクト 参加状況
2020年7月以降、順調に参加者を伸ばして今では社内の1700名以上がyuriCargo Projectに参加している

実証実験はどういった目的で行われたのでしょうか?

金子:社内の実証実験では「スマホアプリでスコアリングすることでユーザーの安全運転意識を高められるか」を検証しました。並行して、多様なまちづくりに関連する企業等とディスカッションを行い、市場のニーズを把握し、ビジネス化のシナリオを探りました。

さらに、yuriCargoのようなアプリはユーザーの使い勝手が悪ければ利用されず、期待した効果を発揮できないため、社員のフィードバックをうけて改善を繰り返すアジャイル開発と呼ばれる手法で開発しています。これらすべてはユーザーのニーズありきの「マーケットドリブン」「クライアントファースト」というIT業界では当たり前のビジネス開発の考え方に則っています。

具体的にはどんなフィードバックがあったのでしょうか。改善の内容や追加された機能とはどういったものでしょうか。

金子:開発当初は運転を始めるときと終わるときにユーザーが自らアプリを起動する必要がありました。これでは起動し忘れることもありますし、運転中にアプリを起動するのは事故を誘発しかねないので、自動オン・オフは不可欠な機能だと気づいたのです。

また、当初はスマホを固定する車載用クレイドルのような機材が必要でしたが、それがなくてもカバンやポケットの中でアプリが反応できるように変更しました。他にもユーザーから得られるヒントは多く、その反応・声はサービス開発に生かしており、対応したいことが山積みになっています。今回は、社内で先行してサービスをリリースしたことで、運用面でもノウハウを積み上げることができました。

さらに、yuriCargoにお問い合わせいただいた企業や自治体と会話する中で、自社の参加者のスコアの傾向はどうなのか、どのような場所で急ブレーキを踏んでいるのかといった統計データが見たいというフィードバックを多くいただきました。そのニーズに応えるために、安全運転活動推進者向けのレポート画面を開発し、今月(2021年3月)社内でリリースしたところです。データが見えるようになったことで、交通安全の施策検討にご活用いただけるのではないかと期待しています。

ヒヤリハットマップ
急ブレーキや急アクセル、急ハンドルなどを行った場所を示した“ヒヤリハットマップ”。yuriCargoの管理画面上に表示される

実際にyuriCargoを使ったユーザーの反応はどのようなものがあったでしょうか?

金子:2020年12月に行った最新の社内アンケートでは、約80%の社員が「yuriCargoの利用で安全運転の意識に変化があった」「家族や友人・同僚に利用をお勧めしたい」と回答しています。アプリの使用前後では「いつもより緊張感をもてるようになった」「自分の運転を振り返るきっかけになった」といった意識変化・行動変容に効果のあることが検証できており、サービス展開の価値を肌で感じているところです。

yuriCargo社員アンケート結果
約80%の社員(N=174)が「安全運転の意識に変化があり」、「家族や友人、同僚に利用をお勧めしたい」と回答

今後のyuriCargoの目標について教えてください。

金子:たとえば東京都は、キャッシュレス化を推進する事業として「東京ユアコイン」の実証実験を行っています。対象地区の企業に勤める人が時差通勤やテレワークを行ったりして混雑緩和に寄与するとコインが付与される試みです。このような、SDGs達成にもつながる市民の行動にインセンティブを付与する動きは、キャッシュレス決済の普及に伴ってこれからもっと加速していくでしょう。安全な運転をするほど評価される仕組みをもつyuriCargoもまた、共にそうした流れを創っていきたいです。安全運転を評価する動きが社会に波及していけば、世の中はもっと変わっていくと思います。

デンソーが培った強みを生かした、新しいチャレンジ

今回、開発にあたり苦労したことはありましたか?

金子:マーケットドリブン、クライアントファーストやアジャイル開発のように市場やユーザーの反応を得ながらプロダクトやビジネスをアップデートしていく進め方は、デンソーでは新しい試みです。

最初は受け入れられにくいと思ったので、マーケットドリブンで先に市場にアプローチして、顧客となる企業からの「導入したい」という声を積み上げることで、社内の理解を得るような手順で進めています。ハードウェア開発のプロセスに慣れているデンソーなので、IT企業と同じような進め方ができずに苦労している部分もあります。

でも誤解していただきたくないのは、「ハードウェア開発」と「ソフトウェア開発」は決して対立するものではないということ。アプローチや文化が異なりますが、ユーザーに喜ばれる製品やサービスを世に送り出したい思いや姿勢はどの部門も同じです。これまで培ってきた強みと、これから生み出していく強みを掛け合わせながら、新たなデンソーのチャレンジへつなげていきたいです。

最後に、今後の展望についてお話ください。

金子:自動車業界は100年に一度の変革期といわれて久しい中、クルマがクラウドとつながりコネクティッドカーの時代を迎えています。これまで自動車部品の開発・製造で培ってきた強みを生かしながら、社内にソフトの世界でのチャレンジに共感する仲間を増やし、yuriCargoだけでなく、デンソーだからこそできるITサービスを一緒に育てていきたいと考えています。

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