目指すのは車載エッジコンピュータの世界標準 クルマとサービスをつなげる「Mobility IoT Core」

クルマがクラウドとつながることで、従来の移動を超えた新たなサービス・価値生まれつつある。いま世界では、このパラダイムシフトの先にある、未来の市場を獲得するための熾烈な開発競争が展開されている。そんな中、デンソーは自動車をクラウドにつなぎ、サービスを生み出す車載エッジコンピュータのプラットフォーム「Mobility IoT Core」を開発した。CASE(コネクティッド、自動運転、シェアリング、電動化)と呼ばれる領域で革新的な技術が次々に発表され、「100年に1度の大変革期」といわれている自動車業界に、「Mobility IoT Core」はどんなインパクトを与えるのか。開発を統括している基盤システム開発室課長の田内真紀子氏に話を伺った。

田内 真紀子
基盤システム開発室 課長
2005年、デンソー入社。大学時代はAI(人工知能)を専攻。入社後は、カーナビゲーションシステムやメーター、通信モジュールなど、コクピットシステム関連製品の企画・開発を担当。2016年からコネクティッドシステムの開発に携わり、「Mobility IoT Core」の研究開発を推進している。

クルマとサービスをつなげる車載エッジコンピュータ「Mobility IoT Core」とは?

デンソーが開発を進めている「Mobility IoT Core」とは、どのようなものでしょうか?

田内:クルマとサービスをつなげる車載エッジコンピュータです。エッジコンピュータ上で、さまざまなアプリケーションを動作させたり、クルマのデータを送受信したりといったことが可能になります。

「Mobility IoT Core」は、車両で収集したデータをリアルタイムでクラウドに送信することができます。いわば、クルマが「移動する情報収集端末」へと変わるわけです。たとえば、車載カメラが交通事故や道路工事の様子を捉えて、より正確に交通情報を可視化することができます。そして、その情報がナビゲーションなどを通して、ドライバーにフィードバックされることで交通渋滞の回避などにも活用できるはずです。「Mobility IoT Core」を搭載したクルマが増えれば増えるほど、収集できるデータは多くなり、フィードバックされる情報の信頼性も高まります。

また、クルマにはエンジンをはじめ、パワーステアリング、トランスミッション、エアバッグ、車載カメラ、車間距離制御システム……などなど、実に多彩な装置や機能が搭載されています。それらを制御しているのは「ECU(Electronic Control Unit)」というコンピュータです。従来のECUは拡張性がありませんでしたが「Mobility IoT Core」を搭載すれば、ソフトウェアの追加や更新が可能になり、機能を拡充できるようになります。

「Mobility IoT Core」
車載エッジコンピュータ「Mobility IoT Core」

クルマの機能性、利便性、通信性が格段に上がるわけですね。

田内:そうですね。私たちは「携帯電話(ガラケー)からスマートフォン(以下、スマホ)への変化」と同様のことがクルマに起こるのではと考えています。「Mobility IoT Core」を搭載することで、ユーザーが好きなソフトウェアを自由にインストールしてクルマの機能をカスタマイズできるようになります。

つまり、「週末だけ自動運転アプリを使用する」とか、「子どもが小さいうちだけ車内見守り機能を導入する」とか、スマホにアプリを入れる感覚でクルマに機能を追加できるようになるわけです。そのため、「Mobility IoT Core」事業は、ハードの完成がゴールではありません。むしろ、そこからがスタートといってもよいくらいです。ハードを普及させたあと、いかに魅力的なソフトウェアを開発・提供できるかがカギとなるビジネスなのです。

ユーザーのニーズは、ハードからソフトやサービスへシフトしています。ハードを買い替えるのではなく、次々と配信される新しいコンテンツの中から、自分がいいと思った機能だけを選んで使用する。そうした価値観の変化に、自動車業界も対応していかなければなりません。それを可能にする中核システムが「Mobility IoT Core」です。

モビリティの種類別時価総額
CaaS(Car as a Service)/MaaS(Mobility as a Service)市場は今後大幅に伸びると予測されている(出典:ARK Investment Management LLC)

デンソーだからこそ生み出せるソフトウェアの価値

「Mobility IoT Core」の研究開発はいつ頃から始まったのですか。

田内:2016年です。世界の自動車メーカー各社が、製造業からモビリティサービスプロバイダーになると提言しはじめた頃ですね。モビリティサービス事業を実現するには、「通信」や「ソフトウェア」など、これまでのクルマにはなかった技術を追加しなければいけません。

そこで、新しいビジネスの柱になる事業として計画したのが、「Mobility IoT Core」を中心としたプラットフォームです。これまで車載エレクトロニクス開発で培ってきた技術力を基盤にしながら、クラウドのソフトウェア領域に技術を拡張していく。モビリティサービスを実現する新しいビジネスモデルを成功させるために、まず基盤技術をつくろうと、車載エッジコンピュータの開発に取り組んでいるわけです。

「Mobility IoT Core」は、既販車も含めて、1台でも多くのクルマに搭載していただくことが大切です。ハードウェアの販売だけではなく、ソフトウェアやサービスの提供によって安定的に収益を上げていくようなビジネスモデルつくっていきたいと思います。

デンソーが考えるMaaSアーキテクチャー
Mobility IoT Coreによってクルマがクラウドとリアルタイムにつながることでさまざまなサービスを実現できる

どんなことができるソフトウェアが登場する予定ですか?

田内:ひとつはクルマの監視システムです。ここ数年、車内に置き去りにされた幼児が熱中症などで亡くなる事件をよく耳にしますよね。その対策として、各国で「置き去り検知システム」の導入を自動車メーカーに義務づけるなどの法整備を進めています。

また最近では、クルマは所有するものではなく、「シェアするもの、借りるもの」という風潮が高まってきています。「カーシェア」「シェアライド」での忘れ物を、スマホにすぐ通知してくれるシステムにも活用できるのではと考えています。

こうしたソフトウェアのサービスを利用いただく顧客は、エンドユーザーでも企業でもかまいません。いずれにしても、時代のニーズを汲み取って、社会課題を解決できるサービスを提供してくことが大切です。

たとえば今、コロナ禍にあって、感染防止に対するモビリティへのニーズが高まっています。車内の消毒はきちんと行われたか、濃厚接触者は近くにいないか。こうした新型コロナウイルス感染症対策に役立つサービスにも「Mobility IoT Core」を活用できると思います。安心・安全を実現するサービスはデンソーの強みが生きる領域だと考えています。

そうなると、さまざまな収益構造の変化が考えられますね。

田内:ええ、デンソーがこれまで培ってきた部品製造事業が収益の基盤として存在し続けるのは間違いありませんが、やはり今後、自動車業界で生き残り、成長していくためにはソフトウェアによるサービス事業との連携が欠かせません。

デンソーはメカトロニクス・エレクトロニクス・ソフトウェアの三位一体でシステムを構築するという難題にずっと取り組んできた会社でもあります。新しい領域へのチャレンジなので苦労も多いですが、私たちの強みを生かして「Mobility IoT Core」事業を必ず成功させたいと思います。

「Mobility IoT Core」の基板

世界市場で優位に立つためのパートナーに求めるものとは

「Mobility IoT Core」の開発体制について教えてください。

田内:日本のほか、アメリカのシアトルにも拠点を設け設け、外部パートナーと共に開発を行っています。シアトルのオフィスはダウンタウンの中にあり、Amazonのヘッドクオーターのすぐ隣にあります。最先端のIT企業やワシントン大学と最新技術の開発を進めています。

CESやre:Inventなどのイベント等でAWS (Amazon Web Services)と一緒に活動されているようですが、AWSをパートナーに選んだのはなぜですか?

田内:AWSは、クラウドサービスでは広く有名な会社です。クラウド技術に詳しいAWS とクルマの技術に詳しいデンソーが組めば、モビリティサービスを実現する上で、お互いの強みが生かせると考えたからです。AWSとは、モビリティサービス領域でのビジネス開発のためのアライアンスを結んでおり、現地でAWSのエンジニアと協力して開発を進めています。試験車を用意し、試験走行やサービスの評価も一緒に行っています。

より多くの企業に「Mobility IoT Core」を活用したモビリティサービスを開発してもらいたい。そのためにも、開発のしやすいプラットフォームを目指しています。

他にも、armやNXP等の半導体関連企業やGoogle等のIT企業とも連携しながら開発を進めています。こうした世界的な企業と一緒に開発に臨めるのは、エンジニアにとってはやりがいが大きいと思います。私個人にとっても、いい経験になっています。

「Mobility IoT Core」の開発風景
世界中の拠点が連携して「Mobility IoT Core」の開発を進めている

一緒に働くソフトウェアエンジニアはどういう人を求めていますか?

田内:ビジネス感覚を持ちながら、ソフトウェア開発に向き合える人ですね。そうでなければ、海外の一流エンジニアたちとは渡り合えません。

AWSをはじめ、世界的IT企業のエンジニアたちは、「技術の価値」に対してすごくシビアな感覚をもっています。自分たちが研究開発している技術が、どのくらい実現可能性があり、どれだけお金を生みだすことができるのか。そうしたことを論理的に説明して、納得してもらえなければ、彼らの協力を得ることはできません。

また、新しい技術に興味を持つ向上心も大切です。モビリティのソフトウェア開発で活躍するためには、「組み込み」と「クラウド」の両方の技術を理解する必要があります。それぞれ違う領域なので、二の足を踏んでしまいがちですが、物怖じせずに領域の垣根を越えて、貪欲に技術を吸収できるエンジニアが活躍できるのだと思います。

もちろん、現在、開発現場でよく使われているPython、Java、JavaScript、C/C++、といった言語ができる方であればうれしいですし、リアルタイムOSやLinux、AWS、GCPについても理解できていれば、さらに活躍しやすいと思います。でも、何より大切なのは、「ビジネス感覚」と「向上心」。技術や知識は、あとからでも身に付きますから。

最後に今後の目標を教えてください。

田内:車載エッジコンピュータは、先行者利益が大きい製品です。少しでも早く完成させて、この分野で市場での競争優位性を確保したいですね。私は、「デンソー Mobility IoT Core」が車載エッジコンピュータとして広く世の中に普及することを目指します。

そして、多様な企業と一緒にビジネスのエコシステムをつくりたい。多くの企業といっしょに「Mobility IoT Core」のシステムを活用した新しいサービスを開発・提供し、その報酬をシェアしながら、さらにお互いが成長してくような環境をつくりたいと考えています。

いま自動車業界は「100年に1度の変革期」のなかで、各社、しのぎを削って開発競争を繰り広げています。生きるか、死ぬか……といったら少し大げさかもしれませんが、刺激的な環境であることは間違いありません。これから世の中をどんどん変えていくおもしろい仕事ができるので、「Mobility IoT Core」の開発に携わりたいというソフトエンジニアの方は、ぜひ手を挙げていただきたいですね。変わりゆく時代の歯車を、ぜひ一緒に回しましょう。