カーボンニュートラルに必要な、
モビリティ社会のエネルギーマネジメント

日本ではBEVが普及し始めた段階だが、10年先、20年先には自動運転車を含めた交通システムの大変革が待ち受けている。そうした時代、クルマに求められる価値とはいったい何なのか。クルマのアーキテクチャはどう変化していくのか。個々のクルマから、クルマ社会の最適化へ。エネルギーマネジメントの観点から、新時代のクルマのあり方を探る。

大船 悠
熱マネシステム開発部 課長
大学時代は機械系を専攻し、CFD(数値流体力学)に関する基礎研究に従事。
2004年デンソー入社後は排気系熱交換器の新規開発・設計を担当。
2017年から熱マネジメントシステムの開発に携わり、主に電動車両向け熱マネジメント制御の先行開発を推進している。
東谷 光晴
まちづくりシステム開発部 担当係長
大学時代は最適化アルゴリズムの研究に従事。2007年、デンソー入社。
現在、車両エネルギーマネジメントの基盤構築として、エネルギーマネジメントアプリケーションを容易に適用できるシステム制御アーキテクチャおよび標準システムシミュレーターの開発を推進している。

個々のクルマから、クルマ社会の最適化へ

クルマの進化に伴って、エネルギーマネジメントの意味が大きく変化しています。ガソリン車を中心としたICE(Internal Combustion Engine:内燃機関)では、カーエアコンで車内環境を快適に保つことに主眼が置かれていました。BEV(Battery Electric Vehicle:電気自動車)では、1台のクルマ全体のエネルギーを統合的に管理し、ユーザーニーズに応じた走り方を実現することが、エネルギーマネジメントの役割になりつつあります。それではその先、自動運転車も活躍する時代に、エネルギーマネジメントはどんな役割を担うことになるのでしょうか?

東谷:10年先、20年先には、自動運転のほか、ネットなどからさまざまなアウトカー情報(天候や路面、交通状況など、クルマ外部の環境情報を指す言葉)を取り込んで活用する技術が使われるようになっているはずです。こうした技術を使った、クルマ用のさまざまなアプリケーションが登場することになるでしょう。
現在私たちが開発しているエネルギーマネジメントシステムでは、クルマのECU(Electronic Control Unit:電子回路の制御装置)が車内外の情報を集積して予測を行っていますが、今後アウトカー情報などが増えていけば、クルマのECUはどんどん頭でっかちになっていかざるをえません。どこかの時点で処理をクラウドに任せて、クラウドからの指令や提案に基づいてクルマが走る、将来的にはそんな形になっていくだろうというイメージを持っています。

エネルギーマネジメントの役割も、個々のクルマの走行を最適化するに留まらないと。

東谷:エネルギーマネジメントも今後はクルマというよりクルマ社会全体の最適化の方向に向かうのだと思います。
ある都市には、一般道だけでなく高速道路が走っているかもしれませんし、物流だけでなく人流もあるでしょう。走っているクルマもBEVだけでなく、ハイブリッド車や燃料電池車もあるかもしれません。
自動運転技術が普及しているならば、クルマを個別に考えるのではなく、「群れ」として考える必要も出てきます。
どのように群れを動かせば、CO2の排出を減らし、カーボンニュートラルな社会にできるのか。そのためには、どのようなアウトカー情報を取得する必要があるか。個々のクルマ同士は、どうやって通信を行えばいいのか。そうした課題を1つ1つ明確に定義し、取り組んでいかなければなりません。
将来的なビジョンを示すため、デンソーでは少し先の未来をテーマにしたアニメを制作しました。このアニメの中では、クルマに乗り込んだユーザーが目的地を告げれば、AIがユーザーの好みや体調に合わせた最適の環境を作ってくれ、快適に仕事したりぐっすり睡眠をとったりできるようにしてくれます。
我々の究極的なビジョンとしては、ユーザーの望む車内環境を提供しつつ、都市全体ではエネルギー消費が最小化される、そういう未来を目指しています。

都市全体を考えながらエネルギーを最適化する方向へと向かう。
将来的には、個々のクルマでエネルギーマネジメントを行うのではなく、都市全体を考えながらエネルギーを最適化する方向へと向かう。

クルマを群れとして制御するということに関して、現在どのような研究開発を進められていますか。

大船:例えば、BEVではバッテリーの温度や走行速度を変えることで、バッテリー寿命を延ばしたり、充電時間を短縮するといったことができます。また、ハイブリッド車やディーゼル車、水素燃料電池車などについても、それぞれ燃費を向上させる運転の仕方というものがあります。
個々のクルマについて、バッテリー寿命や燃費を最適化するドライバー支援の仕組みを研究していますが、こうしたエネルギーマネジメントを運行管理サービスの機能として組み込んでいけば、社会の役に立つのではないかと考えています。

東谷:そうした取り組みの1つとして進めているのが、バスやトラックの事業者の困りごと解決サービスです。
何十台、何百台ものバスやトラックを保有されている事業者の場合、いきなりすべてのクルマをBEVに置き換えるというようなことは考えにくい。最初はまず10台をBEVに替えてみる、うまくいったらその次は20台、30台という具合に替えていくことになるでしょう。そうすると、BEVのほかにも、ハイブリッド車やディーゼル車など、さまざまなバリエーションのクルマが混在することになります。
保有するクルマの稼働率80%にするなら、どういうタスクにどのクルマを割り振るか。給電スポットが少ない路線にBEVは不安だからディーゼル車を割り当てるとか、BEVの充電タイミングが重なると稼働率が下がるからずらしたいとか、いろいろな要望が出てきます。
エネルギーマネジメントと運行管理を組み合わせることで、ビジネスを広げられると考えて、私たちの部署で実証を行いながら開発を進めています。

2030年、「群れ」としてのクルマが公道を走る

2014年に政府はITS(高度道路交通システム)構想を策定していますが、自動運転を始めクルマの高度な制御のためにはインフラ側の整備も必要になってくるのでしょうか。

東谷:一時期、インフラ整備をまず行う手段先行型の研究開発をさまざまな企業や研究機関で進めていた時期がありました。ただ、そうしたインフラをどう活用して、どんなサービスを提供するのかということについて、誰も明確なビジョンを持っていませんでした。
その一方、中国などでは企業がスピーディにPoC(Proof of Concept:概念実証)を進め、BEVなどもさっさと製品化してしまう。もし製品に不具合があったとしたら、OTA(Over The Air)で製品の機能をあとから更新したり追加したりする。クルマの世界では、そういう潮流になってきています。

クルマの世界では、最初にがっちりと仕様を固めて上流から下流へと順に開発を進めるウォータフォール型開発が一般的でしたが、それが転換し始めているということなんですね。

東谷:はい、中国企業などが実践している身軽な開発体制、いわゆるアジャイル型開発をもっと見習う必要があると個人的には考えており、私たちのチームもそうした考えに基づいて研究開発を進めています。
まず作ってみる、まず価値を出してみる。ユーザーにとってうれしい価値が出せたら、そのために必要な要素技術を開発していく。先に要素技術ありきで進めてしまうと、ユーザーにとっての価値を出すことができず、結局意味がなくなってしまいます。

高機能な次世代自動車を生み出すには、プロトタイプを作って検証を繰り返し、スピーディに開発を進めることが欠かせない。
高機能な次世代自動車を生み出すには、プロトタイプを作って検証を繰り返し、スピーディに開発を進めることが欠かせない。

エンジニアの仕事は、課題を見つけ解決すること

現在のクルマは多数のセンサーやECUを搭載しておりソフトウェア開発の比重が高くなっていますが、大船さんや東谷さんの手がけているエネルギーマネジメントシステムの開発はどのような点が違うのでしょうか。

東谷:一言で言うならば、面倒を見なければならない領域の広さが違うということになるでしょう。
あるコンポーネントを制御するには、PID(Proportional-Integral-Differential)制御という手法が一般的に用いられます。入力値と出力値、目的値を比例関数、微分関数、積分関数の組み合わせで制御するのが基本で、あとはその制御をいかに高い精度で行うかが問われます。
これに対して、システム制御においては解が無数に存在します。コンポーネントAをこう動かす時は、コンポーネントBをこう動かす。コンポーネントAを別のやり方で動かす時は、コンポーネントCをこう動かす……という具合に、システム全体の特徴を把握した上で、個々のコンポーネントやサブシステムにどういう役割を持たせるのかを考えていく必要があります。

お二人は元々どういう分野を専攻されていたのでしょう。

大船:私は元々機械系出身で、デンソーでは熱交換器の設計開発をずっと担当してきました。その後、車両メーカーに出向し熱マネジメントシステムを担当したことで、クルマ全体で熱をどうコントロールするのか、さらに車外の情報を取り入れることでどういう価値を提供できるのかを考えるようになりました。

東谷:私は電気系出身です。デンソーではハイブリッド車でどのように電力が使われているのかを徹底的に分析し、クルマ全体でエネルギーを最適化するための知見を提供することがメインの仕事になります。

それぞれのコンポーネントのことを理解しつつ、システムとして最適に働くようアーキテクチャを作っていくと。

東谷:最適なシステム制御を行うためには、「手を抜くべきところは抜く」ことが重要です。例えば安全性に影響しないパラメーターならざっくりと丸めて、セントラルECUの演算量を減らすといったことが、それに当たります。
各コンポーネントを中身のわからないブラックボックスとして捉えてしまってはダメで、各コンポーネントの特徴や仕組みはホワイトボックスとして把握しておく。
例えば、大船は熱マネジメントの専門家ですから、彼と協力しながらシステムを作るためには、私も熱の動かし方などを必死で勉強する必要があります。

コネクテッドカーになれば、クラウドなどクルマの外の要素もシステムの一部になってきますね。

東谷:そうですね。全体最適化における役割や影響力を、どこにどこまで持たせるのかも重要なポイントです。
例えば、クルマを「群れ」として制御する場合でも、ある部分からは個々のクルマに任せなければなりません。こういう走り方をするのがエネルギー的には最適なんだといっても、クルマの前にネコが飛び出してきたら、個々のクルマの判断でブレーキをかけることになります。
そのあたりを見極めながら、機能分担を考え、システムモデルを決定していくのが我々の仕事です。

クルマのソフトウェア化が進んでいきますが、どういうエンジニアが求められることになるのでしょうか。

東谷:ソフトウェアエンジニアと一口に言っても、システム制御の仕組みを作れる人もいれば、ひたすらコーディングをする人もいます。これから求められるのは、きちんと制御の仕組みを組める人でしょう。
これは同僚の受け売りなのですが、優秀なソフトウェアエンジニアはやるべきことの全体像をまず捉え、それをきれいに階層化する。後々ソフトウェアの改良がしやすい構造をあらかじめ構築し、その上でシステムを作っていく、というのです。

クルマの開発に関わった経験は、不可欠というわけではないのですか。

東谷:そう思います。クルマをシステムとして捉えることと、ソフトウェア全体のアーキテクチャを考えるというのは、基本的に同じ能力だと思っています。ソフトウェアのアーキテクチャに通じた人は、クルマのシステム開発にもすんなりと入ってこられることが多いと感じます。

クルマの世界は、今100年に一度の転換期と言われます。

大船:その危機感はあります。今までのように言われたモノを作っているだけでは、これから生き残っていくことはできません。これからどうなるのかをきちんと見据えて、自分たちで製品を進化させていく必要があります。

東谷:BEVへと移行が進む中、クルマ業界では仕切り直しや競争が増えていくでしょう。クルマを作ろうとするスタートアップも出てくるでしょうから、そうした企業にもフォーカスする必要があります。
こういう状況だからこそ、他より一歩先の価値、システムとしての提案ができる力を一刻も早くつけないといけません。

大船:弊社のビジネスはモノを売ることがベースになっていますから、きちんと売れるよいモノを突き詰めていくのは当然です。今後は、そうした売り切りのビジネスだけでなく、エネルギーマネジメントのような新しい形態のビジネスにまで可能性を広げたい。そのためのチャレンジに、今取り組んでいるところです。