大手自動車部品メーカーのデンソーがいまソフトウェア改革を推進する理由、それを支える技術者支援とは

長年にわたりクルマの信頼性を高め、社会に安心を届けるために車載分野のものづくりにこだわり続けてきたデンソー。自動車業界だけでなく、社会全体のエコシステムが大きく変わろうとする中、「環境」「安心」「共感」につながる新たなモビリティ社会の実現に向け、同社が推進しているソフトウェア改革、ソフトウェア技術者のキャリア開発支援とはどのようなものか。

矢野 健三
ソフトウェア改革推進室
1984年にデンソーに入社後、パワートレイン用電子制御ユニットの企画・先行開発・量産設計に従事。2010年よりドイツアーヘン研究所へ出向し、欧州電子領域および欧州技術全体を統括。2018年よりエレクトロニクス事業部ボデー領域担当、2020年よりデンソーグループのソフトウェア改革推進を担当。
広瀬 智
電子PF・ソフト統括部
1990年にデンソーに入社後、翌年デンソークリエイト設立と同時に出向し、車載組み込みソフト開発に従事。
2015年よりクリエイト会社改革の推進責任者として人事・育成制度、組織改革を統括。
2019年よりデンソーソフト改革の人材マネジメント改革リーダを拝命、翌年7月ソフトキャリア支援室新設と共に帰任。

CASEの時代にさらに重要性を増すソフトウェア開発力の強化

設立から73年、先進的な技術、システム、製品を世界の主要な自動車メーカーに提供し続けてきた自動車部品メーカーのデンソー。同社は製品やサービスを通じ、より良い未来を次世代に届けるために豊かなモビリティ社会の実現を目指している。未来のモビリティ社会については、DX(デジタルトランスフォーメーション)の潮流もあいまって、2016年にドイツのダイムラーが発表した「CASE」(Connected《コネクテッド》、Autonomous《自動運転》、Shared&Services《シェアリングとサービス》、Electric《電動化》)が鍵を握ると考えられている。

デンソーの矢野健三氏(シニアアドバイザー ソフトウェア改革推進室)は次のように話す。

「CASEについては自動車産業だけではなく、モビリティに関わる世界中の企業が同調しており、人とモノの移動に関わる社会全体のエコシステムが変貌を遂げる、極めて大きなインパクトとなっています」

デンソーはCASEの時代に「環境」と「安心」を提供し、笑顔あふれる社会を創っていく。この2つを基本的な軸として、それぞれの価値で社会に貢献することが、今後の企業活動の大前提となる。それら環境、安心が提供する社会価値を、誰でも、いつでも、どこでも享受できることで、エンドユーザー体験を含めモビリティ社会全体からの「共感」を獲得していきたい。新しいモビリティサービスによって、1台のクルマで感じる以上の利便性やサービスによる新たな価値を日々の生活で実感してもらうのだ。

CASE時代のデンソーの役割1
CASE時代のデンソーの役割1

このようなモビリティを中心としたエコシステム、理想のモビリティ社会を想定する際には、信頼の“よりどころ”となる社会基盤が必要だ。

そのためにも、長年にわたり品質と信頼性の高い技術開発に取り組んできたデンソーは、「モビリティ社会を次のステージと捉え、しっかりした基盤、すなわち社会のプラットフォームを提供する ”モビリティ社会のTier1" を目指します。その時に価値を生み出す源泉としては、ハードウェアとしてのリアルな“クルマ”はもちろんですが、相対的にソフトウェアの重要度が増すと考えています」と矢野氏は述べる。

現在は、テスラのような新しいプレイヤーが企業価値を急速に高め、存在感を増しており、さらに、IT/ソフトウェア業界からもGoogleやソニーなどがモビリティの世界に参入して新しい競争と共創の構造ができつつある。デンソーのようなクルマを知り尽くしたプレイヤーが多様な製品/サービスを実装して、基盤そのものを最新技術で最適化して提供し続ける。「それにより、モビリティ社会の正しい進化を加速させます」(矢野氏)

CASE時代のデンソーの役割2
CASE時代のデンソーの役割2

このようにCASEは、デンソーの役割を大きく変えるきっかけとなっている。矢野氏は「CASEは、“C”をきっかけにクルマが社会とつながり、さらに“A”“S”“E”のバランスが取れた取り組みが求められるため、その全ての分野でソフトウェアの重要性が高まっています」と指摘する。

例えば、電動化の“E”は各国のモビリティ戦略を変え、産業構造やエネルギー供給の在り方も変革している。そして、これまで内燃機関の製造に携わってきた多くの人たちの働き方にも大きなインパクトを与えている。そのような流れの中で、関連するあらゆる産業界が官学とも連携しより良い形で電動化社会を作る必要がある。クルマの中におけるエネルギー利用の最適化を図り、加えて、地図やセンシング情報を用い、渋滞を自動で回避してエネルギーの効率化も図らなければならない。これにはビッグデータ分析・利活用が必要で、やはりデジタル技術とソフトウェアの力が必要不可欠とされる。

デンソーにおけるソフトウェア技術者のキャリア開発支援の取り組み
「CIP:Career Innovation Program」

デンソーではソフトウェアの強化が最優先の経営課題の一つとなっており、2019年度の経営方針でも「ソフトウェア改革」を掲げている。そして、CSwO(Chief Software Officer)を置き、2021年1月には社長直轄組織としてソフトウェア改革推進室も新設した。

デンソーの「ソフトウェア改革」では、ソフトウェア技術者のスキルを高めて多様化させることを目指している。さらにスキルを高めた技術者が、最適な場で活躍できなければならない。デンソーは、そのための仕組みや諸制度の拡充から着手している。

「ソフトウェア技術者のキャリア開発支援と『人材情報DX基盤』の2軸で改革を進めています。これを技術者個人目線で見た場合は、ソフトウェア技術者として自己実現ができるキャリアパスがあり、そのための場、環境があることになります。技術者のキャリアに踏み込み、それぞれがより高い、多様な能力を発揮できるようにすることで一人一人の成長を支援します」(矢野氏)

クルマのソフトウェア開発は、コックピット、エンジンなどそれぞれのドメイン単位でOEMと共同で取り組んできた。一方、モビリティ社会のソフトウェア開発は大規模化、複雑化し、難しさが増す。デンソーの広瀬智氏(電子PF・ソフト統括部 ソフトウェアキャリア支援室 室長)は次のように補足する。

「クルマはCASEの“C”、つまりコネクテッドによって社会に貢献するために、開発がクロスドメイン化しています。さらにモノ売りからコト売りでサービス化する側面もあり、これらに対応するには、今までのソフトウェア開発のやり方では太刀打ちできません。デンソーではこれまで“メカリッチ”の成熟領域を担う技術者の育成に注力してきましたが、今後は“ソフトリッチ”な成長領域の開発者の育成が課題となります。従来のスキル、ノウハウを生かしながら、スキルをマルチ化し、ソフトウェア技術者の高度化を図らなければなりません」

デンソーにおける技術者のキャリア開発支援の取り組みが、「Career Innovation Program」(CIP)だ。自身の能力を把握する「ソムリエ認定制度」、必要な知識を獲得する「リカレントプログラム」、最適な活躍機会を獲得する「アサインプロセス」、実践スキルを獲得する「バディ制度」の4つで構成される。

Career Innovation Program(CIP)の全体像
Career Innovation Program(CIP)の全体像

まずはソムリエ認定制度でソフトウェア技術のスキルを見える化し、将来目指すキャリアに必要なスキルを明らかにする。伸ばすべきスキルは、体系化したリカレントプログラムで獲得する。得られたスキルが、実践で使えなければ意味がない。そのための最適な成長と活躍の場を、アサインプロセスによって提供する。そして現場ではバディ制度を活用し、認定プロの下で実践的な指導を受けて実用的なスキルに昇華させる。その結果はソムリエ認定制度によって再びレベル認定される。

ソムリエ認定制度では、システム人材も含むソフトウェア技術者が必要なスキルを、アーキテクトやマネジメントといった17のケイパビリティで定義。そして、CPS(Cyber-Physical System)をスコープに、ビジネス、サービスの創出からシステム定義、要件化、実装、先行研究、開発支援環境の整備を担う技術者の成長をターゲットとし、ジョブロールとして必要な役割を定義した。

他には多面的なキャリア支援のためにキャリアプランデスクも設け、経験豊富な人からのアドバイスが受けられるようにしている。その上で社内にどのようなキャリア、スキルの人がいるかの情報を一元化した人材情報DX基盤に蓄積している。「人材情報をデジタル基盤でつないだことで、そのありがたさを実感しています。競争力向上のためにも、このようなデジタル基盤は重要です」(広瀬氏)

“言われてやる”よりも“自ら楽しんでやる”ように

リカレントプログラムは、ソフトウェア開発の経験者ではない人も対象としている。ハードウェア技術者だった人にとってはキャリア転進プログラムであり、C言語を学ぶのが入り口だ。これまでのクルマのソフトウェア開発は組み込みが主流だったこともあり、イメージをつかんでもらうためにCPUボードを使った組み込み開発の基礎、ウォーターフォール、アジャイル開発プロセスなどを約3カ月で学ぶ。研修後は指導の下でプログラミングができるようになり、独り立ちするまでには3年ほどの経験が必要となるのが普通だ。もちろん、キャリア転進プログラム以外にも、ケイパビリティに基づく各種研修も用意している。

研修中の様子
研修中の様子

その他の取り組みとしては、プログラミングに対するモチベーション向上やソフトウェアを身近に感じてもらうことを狙い、「コードコンテスト」も開催している。これはソフトウェア技術者の交流会の一環で、プログラミング問題の解決方法を競うものだ。カテゴリーを設けて初心者でも参加できるようにしてプログラム言語の縛りをなくしたり、コロナ禍にあってもリモート参加できるようにしたりする工夫によって、2020年度はそれまでの4倍ほどの参加者があった。

遊び心を高め、従業員の隠れた情熱を呼び覚まして自主学習を促進する「クラウドコンテスト」もある。クラウドシステム障害への素早い対処を競うAmazon Web Services(AWS)主催のコンテストに参加するもので、2020年度は初回にもかかわらずCTO(最高技術責任者)、CSwOを含む230人が参加し、順位に応じて表彰もした。

「“言われてやる”よりも“自ら楽しんでやる”方が成長します。そのために参加者の遊び心をかき立てる取り組みは重要です。従業員一人一人がキャリアに対する意識を高め、自らキャリアを構築するために行動したり、管理者が目先の業務をこなすことだけではなく、従業員のキャリア構築を前向きに捉えて支援したりすることが当たり前の風土になりつつあります」(広瀬氏)

CIPで2025年までに1000人規模で技術者の成長を支援

「CIPがまず完成したことで成長支援の基本のレールは引けました。これをしっかり運用して効果を上げていきます。既に100人を超える技術者がCIPで学び、一部はソフトウェアに関わるビジネスにキャリアをシフトしています。今後2025年には、転進や外部からの採用によって、1000人規模でソフトウェア技術者の成長を支援します。それを実践する基盤は、出来上がったと考えています」(矢野氏)

2025年のゴールに向けたデンソーのソフトウェア改革の取り組み
2025年のゴールに向けたデンソーのソフトウェア改革の取り組み

デンソーグループ全体のソフトウェア開発力を高め、ソフトウェアを基軸とした新たな競争優位性を獲得し継続的に成長する――。この2025年のゴールに向かい、デンソーでは経営戦略全体のスキームでコアとなる事業戦略を構成する5つの柱として「事業」「組織」「技術」「人材」「風土」の改革から優先して基盤整備に着手している。直近の2022年度は、基盤の導入、運用を展開し、さらなるソフトウェア開発力を高める活動をグループ全体、そして海外拠点を含む世界中に広げていく。


転載元:@IT
@IT 2022年3月30日掲載記事より転載
本記事は@ITより許諾を得て掲載しています
https://atmarkit.itmedia.co.jp/ait/articles/2203/30/news003.html