ブロックチェーンとモノがQRコードで結びつく

暗号資産で注目を集めたブロックチェーンは、さまざまな分野で実用化が進んでいる。そうした中、デンソーが取り組むのは、モビリティ周りのブロックチェーンやQRコードを活用したトレーサビリティシステムだ。データとモノはどうやって結びつくのか。そして、そこにどんな可能性が生まれるのだろうか。

岡部 達哉
まちづくり企画室
大学・大学院時代は材料力学・破壊力学を専攻。鉄道会社で運行管理システム開発、自動車会社でCAE、最適化、脳研究、AIの基礎研究に従事し、2017年にデンソーに中途入社。AI研究部での技術統括を担当後、ブロックチェーン研究開発の立ち上げを担当。現在、まちづくり企画室情報トレサビ開発課担当部長。2004年にドイツBielefeld大学より学位授与(Dr.-Ing.)。
徐 昕
まちづくり企画室
北海道大学短期留学プログラム(HUSTEP)での来日。大学・大学院時代は音声認識、対話システムを専攻。大手通信会社でマルチ対話システム研究開発、海外企業協業・AI/IoTビジネス企画に従事し、2017年デンソーに中途入社。コネクテッドカー及びブロックチェーンの技術開発を担当。2016年に北海道大学より学位授与(工学博士)。
ファン ヤウェン
まちづくり企画室
ロボットが大好きで日本留学を決意。大学・大学院時代は機械工学・ロボット工学を専攻。防災メーカーで防災製品の量産化、B2C新規開発に従事し、2018年にデンソーに中途入社。担当は仮想シミュレーション技術とブロックチェーン基盤の研究開発。2012年に東京工業大学より学位授与(工学博士)。

デンソーとブロックチェーンの関係とは

モビリティ関連機器メーカーのイメージが強いデンソーが、ブロックチェーン技術に取り組まれているのは意外です。モビリティとブロックチェーンには、どのようなつながりがあるのでしょう?

徐:現在のモビリティはさまざまなセンサーやドライブレコーダーを搭載しており、これらからのデータは膨大で、かつ数十ミリ秒単位で頻繁に更新されます。今後は、こうしたデータがさまざまなビジネスに利用されるようになるでしょう。例えば、走行距離は中古車の買取価格にも大きく影響しますし、自動車保険会社でも運転情報を活用しようという動きがあります。データを削除、改ざんして、不正に利益を得ようとする人も当然出てくるでしょうから、きちんとした対応策を用意しなければなりません。

データの改ざんを防ぐ方法としてはいくつかの手法がありますが、近年はブロックチェーン技術が注目されるようになってきました。ブロックチェーン上のデータは、ブロックチェーンに参加しているノードで分散管理され、改ざんが極めて困難です。
しかし、ブロックチェーン技術をそのままモビリティに適用できるわけではありません。ブロックチェーン技術はノードがネットワークに繋がっていることを前提にしていますが、モビリティが常に安定して通信できるとは限らないからです。ネットワークから切り離されている間はブロックチェーンの分散台帳を使えませんので、車内のデータが改ざんされても検知するのが難しくなります。また、モビリティに搭載されているECU(Electronic Control Unit:制御用コンピュータ)の性能はパソコンやサーバーよりも貧弱ですから、あまり計算負荷をかけられません。
そこで私たちは、それらの課題を解決した車載ブロックチェーン技術を開発しました。最近のCPUは重要なデータを特別な領域に格納して保護する仕組み(スマホなどでは顔認証や指紋認証のデータを格納するために使われている)を持っていますが、ここにネットワーク接続が切れる前に取得したブロックチェーンの部分ハッシュ値*を退避しておくのです。

*ハッシュ値とは、元データをハッシュ関数にかけて生成した値。同じデータからは同じハッシュ値が生成されるが、ハッシュ値から元データを特定するのはほぼ不可能。元データが変わればハッシュ値はまったく違ったものになる。

また、モビリティのデータを処理するプログラムについても、ハッシュ値を退避しておきます。こうすることで、モビリティ内で扱われるデータやプログラムが改ざんされた場合、即座に検出が可能になります。

車載ブロックチェーンの概念図。
車載ブロックチェーンの概念図。

通信が不安定な場合にもデータ改ざんが不可能となれば、いろいろな応用ができそうですね。

徐:最近だと、クラウドにデータを送らず、デバイス側で処理するエッジコンピューティングが広がってきました。エッジに記録されている工場の生産情報や図面などのデータを守るためにも使えると思います。

岡部:ネットワークと連携したモビリティやスマート家電の場合、自分に都合の悪いデータがクラウドに伝わらないようにするユーザーも出てくるかもしれません。「急いでいるので、モビリティの通信機能をオフにして運転してしまおう」というようなことをするユーザーがいると、運転情報を元に保険料を算出する保険会社は大きな損害を受けてしまうので、ハードウェアでデータを守る仕組みが必要になります。

モビリティ以外では、どのようなところでブロックチェーン技術を活用されているのでしょう?

岡部:工業製品や食料品を安心して購入できる仕組みとして、さまざまなモノのトレーサビリティが重要になってくると考えています。デンソーでは、サプライチェーンなどに導入できるブロックチェーン技術を開発中です。

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商品が消費者に届くまでの例。
商品が消費者に届くまでの例。

ブロックチェーン上のデータと、モノをどう紐付けるか

モノの取引やトレーサビリティにブロックチェーンを活用するという話はよく聞くのですが、疑問点があります。ブロックチェーン上のデータを改ざんすることは困難だとしても、リアルに存在するモノとデータをどうやって紐付ければよいのでしょう?あるモノが、本当にブロックチェーン上のデータに対応しているか、どうやって保証するのですか?

岡部:私たちもそれについては悩み、さまざまな方法を試してみました。
例えば、モノの写真を撮影し、そのデータをブロックチェーンに格納すれば良いのではないか。けれど、工業製品だと似たような形をしているモノが多いですから、区別できません。
ダイヤモンドの粉を対象物に吹き付けて光の反射パターンで見分けるというトレーサビリティの手法もありますが、食品だと使いづらい。あるスタートアップは、食品トレーサビリティを実現するためにワカメを使っているそうです。洗浄液にワカメを混ぜて食材を洗い、残留したワカメのDNAで食材がどこで作られたのかを判別できるようにするのだとか。
手軽に使えて、かつモノとデータをきちんと紐付けられる手法はないか。悩んでいた時、デンソーが25年前に開発したQRコードが頭をよぎりました。「ブロックチェーンとQRコードを組み合わせればその問題を解決できる」と思いついたのです。

開発中のトレーサビリティシステムには、どういう風にQRコードが使われているのでしょう?

岡部:サプライチェーンの参加者、例えば材料を作る会社は、材料や製造履歴のデータをタイムスタンプとともにブロックチェーンに格納し、ハッシュ値をQRコードとして印刷します。材料を受け取った加工会社は材料のQRコードを読み取り、加工した製品のデータも同様にブロックチェーンに格納して、QRコードを印刷する、という仕組みです。
こうすることにより、ブロックチェーン上にトレーサビリティのデータが蓄えられていきます。サプライチェーンの関係者はQRコードを読み取るだけでデータをブロックチェーンに格納できますし、エンドユーザーもQRコードから簡単にトレーサビリティを確認できます。

エンドユーザーは安心して商品を購入できる。
エンドユーザーは安心して商品を購入できる。

しかし、ある製品に張られているQRコードをスマホで撮影したりコピーしたりして、別の製品に貼り付けることもできてしまうのではないでしょうか?

岡部:いくつかの不正防止技術を用いています。
1つは、沖縄県のゆいレールなどで導入されているのと同じ、偽造防止機能の付いたQRコードです(デンソーウェーブ特許)。QRコードの上に特殊なインクが塗られていて、単にコピーを取っても真っ黒になってしまいます。
もう1つは、同じパターンのQRコードを検出する方法です。何らかの手段でQRコードが大量に複製された場合、あちこちからまったく同じパターンのQRコードが検出されることになるでしょう。不正が広がっているということが把握できれば、複製されたQRコードはすべて偽物として扱うようにもできるわけです。

偽造防止機能の付いたQRコード。
偽造防止機能の付いたQRコード。

QRコードとブロックチェーンを用いたトレーサビリティシステムは、サプライチェーンの既存システムに簡単に導入できるのでしょうか?

岡部:QRコードやバーコードはすでに商品管理に広く使われていますから、別フォーマットのQRコードをそのまま持ち込んでも、システムが対応できずにトラブルを起こしてしまいます。実際、私たちが行った実証実験でもそうしたトラブルがありました。
そこで、1つのQRコードに、複数の情報を持たせるようにしたのです。普通のスキャナやアプリでQRコードを読み込んだ場合と、トレーサビリティ専用アプリで読み込んだ場合では、違う情報が読み取られるようになっています。

いったいどんな仕組みなのですか?

岡部:原理は非常に単純です。通常のQRコードやバーコードには白と黒のパターンが使われますが、それに加えて灰色やカラーのパターンも入れ込むのです。通常のスキャナでは、ある閾値よりも明るいパターンなら白、暗ければ黒というように、白と黒の二値でQRコードのパターンを読み込みます。これに対して、トレーサビリティ専用アプリは灰色やカラーのパターンも認識できる、つまり通常のスキャナでは読めない情報を持たせることができます。トレーサビリティに関する情報が含まれたQRコードも、従来のスキャナを使ってそのまま商品管理用に用いることができるため、既存システムの改修は最低限で済みます。

トレーサビリティ用のQRコードには、2つの情報領域を持たせることができる。トレーサビリティ用のQRコードには、2つの情報領域を持たせることができる。
トレーサビリティ用のQRコードには、2つの情報領域を持たせることができる。
トレーサビリティ用のQRコードは、専用アプリで認識できる。
トレーサビリティ用のQRコードは、専用アプリで認識できる。

ブロックチェーンの基盤を構築する

BitcoinやEthereumなど多様なブロックチェーン技術が開発されていますが、デンソーはどの技術を採用しているのですか?

ファン:どんなシーンに適用するかによって、最適な技術は異なってきます。モビリティサービスで用いるのであれば多数のモビリティを管理する必要がありますから処理性能やスケーラビリティが重要になってくるでしょう。
想定するビジネスシーンに求められる要素を洗い出してブロックチェーン技術を選定したら、運用コストを抑えられるように最適化したり、重要なプロセスは優先的に実行できるようにしたりと、さまざまなチューニングを行っていきます。

岡部:開発中のトレーサビリティに関しては現在Ethereumを用いていますが、将来的にHyperledger Fabricなどに変更することもありえます。
現在は、適用される分野によって異なるブロックチェーン技術が用いられていますが、将来的にはさまざまなブロックチェーン技術を融合させ、サービスを提供していくことになると考えています。そのために、私たちも多様なブロックチェーン技術に対応できる基盤を構築していこうとしているところです。

ファン:例えば、金融関係のブロックチェーンとモビリティのブロックチェーンの間で、データとデータ、データと金銭を交換するといったケースも出てくるでしょう。そのためにも、異なるブロックチェーンをつないでデータを相互にやり取りできるようにするインターオペラビリティの研究を進めています。

企業間連携ブロックチェーンで、複数企業間のモビリティサービスが可能になる。
企業間連携ブロックチェーンで、複数企業間のモビリティサービスが可能になる。

岡部さん、徐さんは元々AIの研究を行っていたとお聞きしました。ブロックチェーンとAIは、どう結びついてくるのでしょうか?

岡部:ブロックチェーン自体はデータを集めて守るための基盤です。そうしたデータを元に、お客様に合ったサービスを提案することがあるべき姿だと考えています。先に述べたトレーサビリティでの不正検知もAIの活用例ですが、それ以外にもモビリティ分野であれば、現在のモビリティの価値をAIで推定したり、モビリティの使い方をアドバイスするといった活用方法があると考えています。

徐:車載ブロックチェーンに関して言えば、データ処理にもAIを使うことができると思います。モビリティからはさまざまなデータを取得することが出来ますが、データの量は膨大ですからすべてを保存しようとすれば破綻してしまいます。そこでAI解析を用いて、膨大なデータから意味のあるデータだけを抽出し、ブロックチェーンに載せることもできるでしょう。

ブロックチェーンは、ソフトウェアエンジニアリングの総合格闘技

お話をうかがっていると、ブロックチェーン技術のみならず、スマホアプリにクラウドサービス、AI解析など、多岐にわたる技術を用いて開発を行っているのですね。

岡部:私たちの部署にはさまざまな分野のスペシャリストが集まって、チームで開発に取り組んでいます。ですので、1人のエンジニアがすべての分野のスペシャリストである必要はありません。全分野を熟知しているエンジニアは世の中にはいませんからね。デンソーには、学ぶ気持ちがあればいくらでも学んで開発に取り組める環境が整っています。

ブロックチェーン関連技術の開発は、従来のソフトウェア開発とどんな点が違いますか?

岡部:従来のソフトウェア開発、特にハードウェアに搭載する組み込みソフトウェアの開発ですと、最終的な仕様が決まってから開発をスタートしますが、ブロックチェーンのソフトウェア開発ではそんなことをしていては競争に勝てません。一刻も早くお客様にサービスを提供するためには、ユースケースや顧客ニーズに合わせて迅速に開発を進めることが必要ですし、アジャイル的に開発しながらアップデートすることも必要です。

徐:ブロックチェーンは新しい技術であり、参考にできる既存製品も少ないので、最終的な製品仕様を書くことなど誰にもできません。とりあえず動くものを作って見せないと、誰からもフィードバックを貰えないのです。

岡部:ビジネスをどう進めていいかわからない、詳細の仕様をどうすれば良いか分からない時に、「これを作る価値とは」とか「どう全体設計をするか」などと考えていても仕方ありません。最善は尽くしますが、わからないものはわからないのだから、まず作る。時には2週間くらいで動くものを作り、動いているものを見ながら、それがどういう用途に使えるか、どんな価値を持つのかをみんなで考えるようにしています。

チームメンバーも、国際色が豊かですね。

ファン:国内のチームメンバーは日本人と外国人が半々で、アメリカの拠点とも密接に連携して開発を進めています。部署内の会話は基本的に英語ですが、最初のうちは英語が苦手な人も多いですよ。けれど、週1回チームで英会話を勉強したり、逆に外国人社員に日本語を教えたりしているおかげで、みんな日本語と英語の両方でプレゼンできるようになりました。

岡部:何より大事なのは、自分の技術でお客様を喜ばせたい、よいサービスを世の中に提供したいという気持ちです。その気持ちさえあれば、教育の機会は我々が提供できますから、自分でどんどん物事を進めていくことができる。エンジニアにとって面白い職場だと思います。

デンソーではキャリア採用のオンラインエントリーを受け付けています。